• 生 吉村

スイシャジムを探す旅・続

更新日:6月26日




『水路上観察入門』に記した、日都産業株式会社さん制作の水車型公園遊具「スイシャジム」。

その遊具を探す旅第一弾はこちら。出会いは五反田、所在を教えていただき「探す旅」に出て最初に見ることができたのは、神奈川県茅ヶ崎市だった。


基本的に「暗渠をたどる」行動ばかりしてきた自分は、こんなにひとつの公園遊具を意識したことはなかったし、「探す旅」に出てみると、見つけたときの喜びの深さが並々ならないこともわかった。

しかも、スイシャジムは新しく製造されることがないから、早く見つけなければ、どんどん失われてしまう。だって、こうしている間にも、撤去されているかもしれないのだ。

(林丈二さんとトークをした時に、林さんが古いマンホールをとにかく急いで見つけなきゃと思って歩いていた話を伺った。たぶん、それと近い気持ちなのだと思う。)


そしてついに、待ちに待ったスイシャジム現存情報を、Twitterで教えてくださる方が現れた。




ニノニノコさん。すごい!前橋に!!!

日帰りで行ける距離なのも大変うれしい。

すぐにでも飛んで行きたい。


しかしながらあれこれ予定が詰まっていたため、少し時間がたってしまった。すると、



前橋にもう一台あると・・・!!

ニノニノコさん、神・・・!

情報を投稿してくださったけんいちさんにも深く感謝である。


この公園アプリparkfulというのがまたすごい。公園遊具の情報をやりとりできるのだ。

もとは、公園で子どもを遊ばせる親御さんがターゲットなのだろうか。遊具情報と地理情報があるわけで、公園遊具マニアが活用しまくれるアプリに違いない。

今回の一件で、もう、パークフルさまさまである。

ニノニノコさんとわたしのやりとりも無事捕捉されていた。



けんいちさんとニノニノコさんとのやりとりも。



パークフルさん、こんなに素敵なアプリを作ってくださって、本当にありがとうございます。運営お疲れさまです!


さて、自分がすべきことは、現地にゆき、地理情報も含めて確認すること。現存スイシャジムなのだから、なるべく早く見に行かないといけない。


前橋市の古地図を得、目を通しておく。今回教えていただいた2台は、いずれも前橋駅の南側にある。かつての前橋市は、前橋駅の南と北でだいぶ様相が異なっていた。北側が市街地および官庁街で、南側は田園地帯。利根川をはさみ、両側にたくさんの水路が南北に走っていた。

そんな場所が宅地化されて、いま、スイシャジムがある。胸が高鳴る・・・


梅雨に入ったが雨予報のない日に、行ってきた。

初めて降りた、新前橋駅。


レンタサイクルを借りて、まずは「上の宮幼児公園」を目指す。



新前橋から南側へ向かっていく。前述の「南側」の田園風景の名残か水路が多く、道路をいくつも水路が横切っていった。

とりわけよかった景色がこれ。



水路、田圃。頭上で鉄塔が交差しているのがたまらない。


さて、ここから少し進めば、目指す公園だ。



あった・・・!


上の宮幼児公園。

これは、カラフル!!



草の生え方からすると、滑り台よりは遊ばれている・・・ような、気がする!笑


それにしてもこの公園の形は、すごく不思議だ。地図に載る三角形よりもさらに微妙な丸みがあり、残余地っぽい。川跡が掠っていたりはしないだろうか。


マピオンによる現在地。


スーパー地形の今昔マップで見る(赤が現在地)と、



さらに時代を遡ると、



うーん!どうだろうな、これ。


水路をあらわす線は見当たらない。

しかし、この縮尺だと細い水路は省略されてしまうのだ。この後図書館にも行ったけれど、望む縮尺の古地図は得られなかった。ここにも水路があったかも?説は、捨てきれない。


しかしもっと注目すべきは、右上方向に鎮座する水車マークである。

この公園、水車跡が近い。


試しに水車跡の現在地に行ってみると、新しい家が数件たっていて、その裏にある空き地だった。滝川から取水された水車堀があったはずだが、その痕跡も感じられない。


ものすごく都合よく考えてしまえば、上の宮幼児公園のスイシャジムは、この水車の魂を継承しているのかもしれない。(市役所に聞いてみようかな、、、)


さてさて、次にも行かねば。

前橋にはもう一台スイシャジムがあるのだ。なんてすごい街なのだろうか。

次なる公園、薬師公園を目指す。


ありましたー!


こっちは草が刈られていて遊びやすそう。



嗚呼、良い色だなあ。



ペタペタ触ったり、腰掛けたりした。

今回は相方にも来てもらったので、「スイシャジムとわたし」の記念撮影もしてもらった。とてもうれしい。


この薬師公園と水路および水車の関係は?というと、



マピオンで見るとここ。

ついで、今昔マップで見ると、



この赤い点が薬師公園で、時代を遡ると、



うん、やっぱり田んぼのど真ん中で何もない。

用排水のための水路はあったと思うけれど、その線を確認するには別な地図を探さねばならない。


水車も近くにはない。ただ、この後見た前橋市の大正時代の地図には、市内にたくさんの水車記号が載っていた。駅のすぐ近くや、駅北の市街地にも、点々と。

前橋市は、水車との付き合いの深い街だった・・・?


うまく資料が見つからず、それ以上情報が入ってこなかったが、あとでもう少し調べてみよう。だって、スイシャジムが二台もある街だもの。


スイシャジムが他の公園にもないか、付近で3〜4つの公園を凝視したが、残念ながらそれ以上は見つからなかった。



おまけ。

前橋には色々とおもしろいものがあった。その一つ。「生川」。


もともと、地図上の交差点名で見つけ、気になっていた。



わたしのペンネーム「なま」に関するものには、ついつい近寄ってしまう。

残念ながらこれは「うぶかわ」であるが、生とつく川は珍しい。



公園名にもなっている。

しかし現役の川の名前を調べてみても、「生川」は出てこない。郷土資料的なものに、「この辺りに生川が流れていた」とさらっと書かれているが、地図には名称の記載がない。


生川交差点から最も近い水路は、これ。



この写真の奥で暗渠になって、



道路の下をボックスカルバートで抜けていき、




幅広歩道の下になったりしながら、



コンクリ蓋の継ぎ目がわかるものの、アスファルトに擬態して進む。これは暗渠の姿としてかなり珍しい。




水門も、極めて目立たないようにしているからおもしろい。

なんだか、電線の地中化みたいに、そこにあるはずなのに兎に角存在感をかき消されている。


この上流は、開渠となって両毛線をくぐり、馬場川まで遡る。


この水路が、生川なのだろうか?

前橋市史には、この水路は矢田川と書いてある。

結構、川としては平凡な名前だ。一本西の「風呂川」の方がそそられる。のはいいとして、矢田川が生川という別称をもっていた、という記載は今のところ見つけていない。


というわけで、生川についても謎のままである。

後日調査をすることにし、今回はまずは、2回目の「スイシャジムを探す旅」を無事終えられたことの報告としたい。


田んぼがあり水路があり、水車が回っていた場所の近くに、いまもスイシャジムがあって、そこで子どもが遊んでいる。群馬のスイシャジム2台は、特に水路や水車の存在を近くに感じるようなものだった。


教えてくださったニノニノコさん、けんいちさん、そして間をつないでくださったアプリparkfulさんに、改めて感謝申し上げます。


また次なる旅に、行けますように。



後日追記:

羽田のスイシャジムについて鮮やかに「特定」「検証」をしてくださった駅からマンホール(白浜)さん、今度はスイシャジムが載っている資料を見つけてくださった。昭和52年発行の雑誌「月刊教材教具」(東亜通信社)、29巻1号である。資料に関しては自分も調べつくしたかと思ったが、これは検索に引っ掛からない類のもの。たぶん、白浜さん1ページずつ読んでる・・・!(何を調べていたのか、気になる〜笑)


国会図書館の個人送信で見られるので、自分も確認。


保健体育科のページに、日都さんの遊具が複数載っていた。「日都の丸型安全ブランコ コマ16」「日都のベンチ コヘ18」、そして「日都のキャッスルジム」には「4塔式キャッスル」「5段サーキラーキャッスル」「オーバーキャッスル」最後に「スイシャジム」!!

スイシャジムの特長として、「水車を遊具にデザインしたもの、子どもが興味をもつ」と書いてあった。他の遊具の説明が、形や素材に関することで終始しているのに、スイシャジムだけ「子どもが興味をもつ」。


当時、小学校にスイシャジムを設置し、水車の説明までした先生がいたりしたら、すごく、良いなあ。昭和51年〜53年の短期間しか掲載はなかったようだけど、そんな記憶も、どこかに残っていたらとてもおもしろい。


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